脳に作用する禁煙法で禁断症状も一瞬!あれ?モヤモヤが消えた!!
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禁煙についてこんな事がありませんでしたか? ●ニコチンは依存性の低い薬物であり、2週間しか体内に残らないはずなのに、2週間を超えた後もなぜか苦しみが続いている。 ●タバコを止めた後、空しさが込み上げてきて、気力が抜けたようになり、仕事にならない。ニコチンの依存期間の2週間を過ぎても、この空しさがおさまらない。 おかしいとは思いませんか? 世の中の禁煙本を読んでみると、いかにニコチンが身体に悪いか嫌と言うほど説明してくれます。 また、歯磨きや水を飲むことで苦しみが緩和されることも教えてくれます。 しかし、それだけです。 「あとは、根性で我慢して乗り切ってください。」 ということなのです。 ただ我慢して時間さえ経てば、いつか禁煙の欲求は無くなると教えています。 でも本当でしょうか? 2年経っても禁煙の欲求が消えていないのはなぜ? 空しさや物足りなさが続いて、何かしっくりとこない、わだかまりのようなものがいつまでも続くの? そうなのです。 我慢して時間だけで解決しようとするこれまでの禁煙法は、脳科学から見ると、ほとんど何の命令もプログラムもなく、ある日突然タバコを断たれた状態なのです。 それはトンデモない片手落ち。 お別れを言わずに恋人と生き別れたように、わだかまりと解消されない感情が残ったまま、いつまでもあなたを支配し続けるのです。 では、禁煙の命令を正しく脳と心へ伝えるとはどういう技法なのでしょうか? その原理の、ほんの1部をご説明しますと、 まず人間の脳は3つの層からなっており、それぞれに扱う情報が異なってます。
これらの三層が相互に作用しているのが人間の脳です。 図にすると以下のようになります。
しかし、人は禁煙をしようとする場合、「健康に悪いからダメ。」という自己説得、つまり知性によるメッセージしか与えません。つまり左上の左脳部分にしか命令できていないわけです。 もう少し親切な禁煙法では、催眠法やNLP(神経言語プログラミング)などを紹介して、右脳のイメージに効果的に命令を与えようとします。これはこれで非常に効果的ですので、私の禁煙法でもかなり紙面を割いて、この方法を説明しています。 しかし、それだけでは足りないのです。下の図のように、左脳と右脳に命令を出して教育できたとしても、脳全体の半分に過ぎません。
そのために知性の脳である右脳と左脳は説得できても、残りの2つの層が抵抗を起こすのです。 この種の問題は、登校拒否児のカウンセリングによく現れます。学校に行った方が良いという、先生や両親の説得を心底納得して、自分では学校に行こうと思っていながらも、朝になって実際に学校に行こうとすると、腹痛や頭痛が起こり、鬱と悲しみの感情が噴出して自分ではどうしてもコントロールできなくなるのです。 いわゆる頭では分かっていても、体と心が言うことをきかない状態です。 これは、感情の脳である旧哺乳類型の脳が、その言語である感情を使って、鬱と悲しみというメッセージを発しているためです。 更にもう1つ下の層である爬虫類型の脳が、その言語である身体感覚を使って、腹痛という拒否サインを出しているのです。 ですので、このサインに対して、知性でいくら説得しても意味がありません。 「感情」と「身体感覚」というコミュニケーション手段を使っている脳に対して、いくら「言葉」や「イメージ」でメッセージを送っても、ロシア人に日本語で説得するようなものです。話が通じないのは当たり前ですね。 つまり、「禁煙する。」という1つの目的に対しても、脳に命令を与えて、新しい配線に変えるためのアプローチは、数種類必要だということです。 しかし、先に述べたとおり、これまでの禁煙法は、この脳の原理に関して全く無知のままでした。 脳からの欲求のメッセージである、胸を掻きむしるような苦しさ(身体感覚)や、言いしれぬ空しさ(感情)などに対しても、単なるニコチンの離脱症状としか説明しておらず、その結果、ただ時間をかけて我慢し続けるという戦略しか持ち合わせていませんでした。 これが残留期間は長くても2週間と言われるニコチンが、苦しみを生み続ける原理なのです。 人によっては2年経っても、まだ吸いたいという欲求が残っており、我慢を続けているのです。 彼らが戦っている苦しみの正体こそが、ほったらかしの2層の脳に残ったままの欲求不満なのです。 では、身体感覚や感情やイメージのワークを使って、脳の3つの層に効果的にアプローチして、禁煙の命令を浸透させれば、どうなるでしょうか? まずは論より証拠、喜びの声を読んでもらいましょう。
いかがですか? 皆さんの声を聞いて確信しているのは、単にタバコを我慢を続けることと、禁煙するということは、全く別の事なのです。 タバコを我慢するということは、2ヶ月経とうが、2年経とうが、やはり我慢しているだけで、欲求は緩やかでも残っているものです。 常にどこかでタバコの欲求と戦いつづけ、気が抜けない状態です。 でも本当の「禁煙」は、脳の配線を書き換えるための技法です。我慢とは別物です。長くても1ヶ月すれば、欲求自体が消えて無くなってしまいます。 今回はこれらの、脳の配線をいじる方法はもちろん、完全な禁煙プログラムをご提供いたします。 その内容は
など、A4で25枚(400字詰め原稿用紙換算100枚弱)になるボリュームです。 トータルな禁煙プログラムですので、書かれてあるとおりにやって頂くだけで、禁煙しながら、最先端の心理ワークや脳の扱い方、セルフコントロール能力を身に付けることが可能です。 もちろん、それぞれの技法がなぜ効果がでるのか、脳や心の原理から説明していますので、 禁煙以外にも、自己啓発、ビジネス、試験勉強などにも応用可能です。 これを実践することであなたは、 ● 禁煙だけではなく、勉強や自己啓発にも役立つ、強力なセルフコントロール力を学びます。 ● 苦しい我慢と根性の禁煙ではなく、脳のプログラミングでタバコが必要なくなります。 ● 禁煙をすることにより、仕事や勉強の生産性が格段に上がります。 ● 喫煙に縛られることなく、どこででも自由を満喫することができます。 もしこれら、最先端の心理ワークを普通に身につけようと思うと、今のところ数10万もするワークショップに参加し、その中で禁煙に活用できるような方法を選別し自分でアレンジして禁煙法を作る他ありません。
最後に体験談を3つ、お付き合い下さい。 私の1日の喫煙量は高校を卒業して以来、1日3箱というかなりのペースでした。 元々、思考する時間の多い仕事で、人見知りしがちな性格だったので、タバコはリラクゼーションやストレス解消だけではなく、人との会話の間を保たせるツールとしても、必要なものだったのでしょう。 でも、身体は限界でした、特に胃が荒れ夕方以降には吐き気を催し、それを夜の睡眠で、回復させ、また朝から喫煙開始!という感じです。 更に辛かったのが、自分はタバコを止めたいのに止めれないから、吸っているという事実です。 タバコを吸うたびに「私は意志力が無い。」という現実を突きつけられているようで、敗北感が生まれてくるのです。 ですので、人生を改善しようと自己啓発書を読んで、潜在意識の重要性を理解したり、習慣を作ることの大切さを学んだりすればするほど、でも、タバコを止ようとして止められていない今の自分は、根本的に人生を改善する能力が無いのだろうな・・・・という自己不信が常に心の奥底にあり、何をやってもあまり上手く行かないのです。 心理療法を学んでいる今にして思えば当然ですね。タバコに火を付けることで、「私は意志力が無い。」というメッセージを自分の潜在意識に刷り込んでいるのですから、しかも1日3箱、つまり1日に60回も継続して暗示をかけ続けているのです。何事も成功しないのは当然です。(100%タバコを肯定して、好きで吸う分には問題ありません。) 私が情報提供している3時間睡眠法も、何度となく挫折していますが、この挫折期間は禁煙の挫折期間と重なっています。短眠に成功したのも、タバコを止めて身体の負担を軽くして、更に現実の習慣を変えられるという、自分の意志力への信頼が生まれてからです。 タバコというのは、身体への害以上に、自己への信頼に対して有害なのです。 タバコを止めてから、私の人生もかなり上を向いてきたなと思います。 短眠法に成功したり、新しいネットビジネスを始めたり、株や英語の勉強を始めたり、新しい分野の人と出会い自分の見識を広げたりと、私の人生は禁煙以前と以降で、かなり性格の違うものになっています。 禁煙を切っ掛けに人生のステージが1段上がったような感じです。 是非あなたも、禁煙を切っ掛けに自分への信頼感を取り戻し、新しいライフステージを創造していってください。 私の友人は、禁煙達成してから1年以上経ったってから、再度タバコに手を出してしまいました。 彼が言うには、1年経っても、心のどこかで、うっすらと常にタバコを我慢している状態で、 その「うっすらと常に」というのが、とてもイライラするということです。 この感覚、私自身もとても分かります。 強い苦しみが一気に来るのであれば、むしろ戦い甲斐があり、我慢することもできます。 でも、「うっすらと常に」というのは、頑張りようがく、終わりが見えないために、常に気を弛められない状態です。 しかし、そんな彼も、現在は私の禁煙法を試みて4ヶ月が経ちます。 やってみると非常に呆気なく、直後からほとんど弱音を吐いていません。それどころか、タバコを忘れているような感じです。 私からタバコの話をしないと、禁煙の状況についてさえ教えてくれないのです。 そして、典型的な感想として、彼は喫煙者を見て、不機嫌にこう言います。 「ちっ!煙たいなぁ〜。」 この違いをもたらすのは、意志の堅さではなく、禁煙期間の長さではなく、タバコの依存度の問題でもなく、 もう1つ私の話をさせてください。 私自身が禁煙して、一番実感したのは、タバコを吸わない人が、副流煙の匂いにどれだけ敏感かということです。 喫煙者の頃は考えもしませんでしたが、喫煙者として生きるということは、その生活の端々で、たくさんの人に声にならない小さな怒りを抱えこませています。 例えば、駅の正規の喫煙場所でマナー良く吸っていたとしても、その煙が遠くに座っている非喫煙者の鼻先を通ることがよくあります。その時、非喫煙者は顔を背けはしますが、言葉は発しません。声にならない小さな怒りや抗議が、わだかまりとなって残るのです。 歩きタバコもそうです。後ろを歩く人が怒りと抗議の感情をあらわにしています。ただ本人はそのまま、気付かないままです。 喫茶店でルールを守り喫煙席で吸っていてもそれは変わりありません。 自分の身内のみならず、全く知らない人にも、様々な瞬間に、声にならない小さな怒りを抱えさせている。 それが喫煙者として生きるという事なのです。 身内や職場の同僚になると、共有する時間が長いため、声にならない怒りや抗議は、ひたすら心の中に蓄積されていきます。 今になって思うと、自分は人間関係にとって、とんでもなく大きなリスクを冒していたんだと気付き、怖くなります。 大変偏った押しつけがましい感想ですし、マナーさえ守れば喫煙する権利があることも事実ですが、権利とかルールとは関係なく、人間としての本音に目を向けたとき、タバコを吸うことが損か得か、知って頂けると思い書きました。 あなた様の決意の助けになればと思います。
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